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〜 タックスエンターテイメント小説 〜 「税務調査最前線」 第7話『こいつら取調室だな』第31章 (〜ウソ言ってんじゃないよ!〜) (大雪の中、多田税理士達はやっと小石川宅に到着した。昼食時間もあまりない中、時刻は午後1時になろうとしていた。) 「うどんなんかですみません。」と、彩子はお盆にどんぶりを二つのせて多田税理士達のいる応接室に入ってきた。 「いえいえ、そんな。寒い時は温かいのが一番ですよ。ありがとうございます。もうすぐ1時になるんでかえってうどんの方が食事時間がかからないんで助かりますよ。」と、多田税理士。 多田税理士と沖山税理士は、食事を始めた。多田税理士は、沖山税理士の方に目を向けて食事をしている横顔を眺めて安心したのだった。 「ああ〜、良かった。沖山先生は、食事がのどを通るようになられたんだ。やっぱり、食べないと力は出ないからなー」と、思いつつ多田税理士もつるつるっとうどんを食べたのだった。 「あ〜、奥さん。大変おいしかったです。ありがとうございました。」と、ニコニコして沖山税理士が食事の礼を言った。多田税理士も食事を終えて、しばらくすると午後1時になった。すると、間もなく玄関のチャイムがなったのである。約束の時間通りに税務署員がやってきたのだった。 「ごめんくださ〜い。尾戸巣税務署の山口で〜す。」と、玄関の戸を開けて奥まで届けとばかりに大きめの声。 「は〜い」と、彩子。 応接室に税務署員が入ってきた。総勢4名である。多田税理士の見知った顔は、相続税の調査の時に会った山口調査官だけであった。 応接室の真中の机を挟んで、4人対4人で向かい合う格好になる。一番奥に沖山税理士、次に多田税理士、その次に昭夫、出口付近に彩子が座る。 税務署員達は、全員が座り終わったころ、一番奥に座った者から順に自己紹介を始めた。 「私は、所得税担当の初永です。」「私は、所得税担当の村野です。」「私は、相続税担当の山口です。多田先生とはお会いしましたよね。へへ。」「私は、相続税担当の唐巻です。」それぞれ身分証をみせながらの挨拶だ。 「私が税理士の沖山です。」と言いながら税理士証票を見せながら話す沖山税理士。多田税理士も、沖山税理士に習って税理士証票を見せながら名前えを伝えた。 この税理士証票とは、税理士の身分証明書の役目を果たすもので登録番号やら事務所所在地が記載されており、税理士の登録時にもらうものである。従って、引越しもしなければ、紛失もしないと、顔写真は変わらないことになり、よぼよぼのじいさんになっていても顔写真は20代のまま、ということもある。 今まで、多田税理士は、税理士証票を見せたことはなく、自分の名刺を渡していたのだが、正式には税理士証票を見せるのか、と妙に感心した様子であった。 「いや〜、スゴイ雪で遅れてしまってすみませんね。」と、沖山税理士がきりだした。 「いえ。」と、初永調査官が返事をしただけで、他の者は何も言わず緊張した面持ちであった。 それもそうであろう。今日の税務調査のことは、多田税理士のホームページで予告されていたのだし、今日の調査の様子も実名で報道されることが当然に予想されるのだから、税務署員としては緊張して当然であろう。 一番奥に座った初永調査官が、一人口を開いた。 「あの〜、それでは時間もあまりないと思いますので、早速始めさせて頂きたいのですがよろしいですか。」 沖山税理士は、机にひじをついて顔を伏せて、目をつむり相手の話しを聞き漏らさないような姿勢になっていた。 「では、ご主人。住所、氏名、生年月日、職業を教えて下さい。」と、初永調査官が話す。すると、他の3人の調査官達は、みな同じ格好でメモを取り出したのである。 多田税理士は、「いったいどうしたことだ。3人とも同時にメモをとるなんて。」と、異様な光景にびっくりしてしまったようだ。しかし、多田税理士自身もメモをとっておかねばならない立場なので、自分も便箋に向ってメモを走らせることにした。 「では、家族の名前と生年月日を教えて下さい。」と、初永調査官。 昭夫は、初永調査官に聞かれた通りのことを、トツトツと話す。落ち付かない様子である。 「なんで分かりきったことを聞くんだろう」と、不思議がっている時に、沖山税理士がささやいた。 「裁判所のやり方を真似してるんだよ。」 多田税理士は、便箋の紙にメモを書いて机の下から昭夫に見えるようにして置いた。メモには「プライバシーについては話さなくてもいいですよ。所得税と相続税のことは話す必要はあります。」 昭夫は、多田税理士に膝をつつかれてメモの存在を知り、多田税理士に「分かった」という表情でうなずいた。これから、何度となく多田税理士は、昭夫にメモを見せて指示することになるである。多田税理士にとっても経験のないことである。 「お母さんは入院されているんですよね。」と、初永調査官。 「ええ、アブスマという老人保健施設にいますね。もう10年近くなりますかね。費用は、母に請求がきて母が払っていますよ。」と、聞かれた以上のことを話す昭夫にハラハラする多田税理士であった。 すると、沖山税理士が持っていた用紙の裏にメモを書いて多田税理士に見せた。メモには「遺産分割が成立していなかったと言いたいのかも?」と書いてある。 多田税理士はピンと来た。小石川家の相続の場合、遺産分割協議書には息子の昭夫と母親の美代子の住所と名前が既に記載してあり、それぞれの名前の右側に実印が押印してある。多田税理士は、母親が入院して字もあまり書けないと聞いていたので、自署しなくていいようにと気を遣って記載していたのだった。しかし、それが問題なことが分かったのだ。 つまり、母親が遺産分割の時に痴呆状態にあった場合には、遺産分割に当って承諾の意思を表明することができない状況であれば、遺産分割協議は成立していないのであって、遺産は未分割状態のままだということになってしまう。これは、大変なことなのだ。 「ええ、母親は完全に痴呆状態で何の意思決定もできませんでした。」とでも答えたら、「では遺産分割協議書に美代子さんの実印を押印して、分割協議が成立したように見せかけたんですね。」との反論がやってくる。 すると、「未分割状態であれば配偶者の税額軽減は使えませんから、修正申告して下さい。」となることが考えられる。配偶者は、相続財産の内1億6千万円までか、相続財産の半分までは遺産相続しても相続税は割り引かれるのだが、この制度は、遺産分割が成立している財産について認められているので、もし、未分割でれば、配偶者の税額軽減の適用はなく、約760万円を追加納税することになってしまうのだ。 多田税理士は、たった今配偶者の税額軽減の内容を調べることは出来ない。また、自分は母親の美代子と面会したことはない。遺産分割協議の頃の母親の意識状態はいったいどうだったのだろうか。多田税理士の心は、不安感に支配されてしまった。 次回に続く。 |